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東京高等裁判所 昭和32年(ラ)357号 決定

抗告人 川上徳治郎

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告理由の要旨は、(一)、原決定は、競落物件について売買契約の締結されその契約が有効に存続する間は引渡執行についてはその執行の猶予が与えられたものとみるべきであり、これに対して引渡の執行をなしたるときは、その執行はなすべからざる執行を敢てしたのであるから、違法の執行となり執行異議の対象となると説示しながら、本件物件は昭和三十一年四月二十六日その一部明渡の執行(引渡未済)をなしたるも、爾後同年十月十一日引渡執行に債務者方に赴きたるもその余の部分については何等執行がなされず、その後は執行されていないから、本件引渡命令を取消すに足る違法の点を発見することができないとして抗告人の申立を棄却している。しかし、抗告人は本件引渡命令の取消の申請をなしたのではない。申立理由末尾の取消を求めるため云々は執行を許さない旨決定を求めるための文言の誤記である。右は申立趣旨を誤解して以てかかる決定をなすに至つた違法が存するものといわねばならない。(二)、原決定は、前記一部執行後売買契約が成立してから相手方黒田清治が本件物件に対し引渡の執行に抗告人方へ来た事実が厳存するのを執行調書により明らかに認定しながら、執行しなかつたから民事訴訟法第五四四条の執行異議の結果とならぬと説示しているが、抗告人は前述の如く本件引渡命令によりこれが執行を許さない旨の裁判を求めるものであり、既になされた一部の執行少くとも将来の引渡の執行を許さない旨の裁判を求めているのである。それは売買契約成立により既になされたる執行行為は違法となる。少くとも売買契約成立後の執行は違法となることは多言を要しないものである。而して相手方黒田清治は売買契約以後執行に抗告人方に来つている。当日新たに執行はしなかつたが、点検し一挙に明渡をなさんとしたが新たな部分の明渡をしなかつたにすぎない。このような執行のため執行現場に執行吏が来たる場合は当然民事訴訟法第五四四条の執行異議の対象となると解するを相当とする。蓋し違法な執行を敢てなさんと執行に着手したもの、少くとも執行寸前の段階に立ち客観的にも違法執行なすあるを看取し得る程度に表現されているからである。このような場合執行方法の異議が許されないとすれば、相手方は売買の約定をなし、その代金のある部分を受取りながら、一挙に明渡を断行し、引渡命令の執行完了すれば、抗告人は右法条による救済は遂に得られなくなり、右法条は空文に帰することとなる。故に右法条の精神は本件の如く売買契約成立後執行現場に執行吏が臨みたる事実がある以上、これが右法条の対象となり、これが執行の不許を求め得るものと解すべきである。原決定はこの法意を誤解し、本件が右法条の対象とならぬとして抗告人の執行不許の申立を棄却した違法が存する。以上の次第により、「原決定を取消す。東京地方裁判所が昭和三十一年一月十八日なした同裁判所昭和二十九年(ケ)第一一四〇号不動産引渡命令に基く別紙目録不動産に対する強制執行はこれを許さず。」との裁判を求めるため本件抗告に及んだというにある。

抗告人の所論を要約すると、本件競落物件たる別紙目録記載の建物については、その引渡命令が発せられ、該命令に基いて右建物の一部につき明渡の執行がなされたが、その後右建物につき競落人たる相手方黒田清治と執行債務者たる抗告人との間に売買契約が締結されたので、右引渡命令に基く執行不許の裁判を求めるため、抗告人は民事訴訟法第五四四条の異議の申立をなしたところ、原審は違法にも右申立を棄却したというに帰するので、考えるに、右売買契約が締結され、その契約が有効に存続し、引渡執行が猶予されているというだけでは、これは執行の基本たる引渡請求権自体に関することであるから、民事訴訟法第五四四条の異議以外の方法により救済を求むべきである。次に右売買契約がなされたというだけでは、既になされた前記一部明渡の執行が違法の執行となるものでないことは多言を要しない。又取寄にかかる執行記録によると、右一部明渡執行後においてはなんら執行がなされていないことが認められるから、民事訴訟法第五四四条の異議により匡正すべき執行行為は存在しないものといわざるを得ない。してみると、抗告人の本件異議申立はいずれの点においても理由がないから、棄却すべきである。故にこれと同旨に出た原決定は正当であつて、所論のような違法はない。その他記録を精査しても、原決定には取消の事由となすに足る違法不当の点は認められないから、本件抗告を理由ないものとして主文のとおり決定する。

(裁判官 柳川昌勝 村松俊夫 中村匡三)

物件目録

東京都荒川区尾久町一丁目八一九番地

家屋番号同町八一九番

一 木造瓦葺二階建居宅 一棟

建坪二十坪七合五勺

二階 九坪

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